社会とマンガをつなぐ。
それが芸術文化を 学んだ 私の役割。
倉持佳代子
KURAMOCHI Kayoko
京都国際マンガミュージアム
学芸員
© Tezuka Productions学芸員として主に少女マンガを専門に、調査や研究をもとにした企画展やイベントの企画を行っています。また、マンガの魅力を広く伝えられるように、新聞や雑誌で執筆活動もしています。
いえ、まったく! 学芸員の道に進むとは思っていませんでした。芸文なら何でもできるし、やりたいことが見つかるかなと思って入学したので、何をしたいのかわからないまま。授業もけっこうサボりがちで、あまりいい学生ではなかったですね(笑)。
そんな私を変えてくれたのが1年生のときに受けた「プランニング概論」という授業です。理想の美術館をまとめた企画書を評価してもらえたことをきっかけに、企画することの楽しさに気付きました。

それからは少しずつ大学が楽しくなってきて。いろんな授業をちゃんと受けるようになり、周りの子に影響されて美術館に行ったりしているうちに、美術館の学芸員には社会とアートをつなぐ役割があることを知りました。でも学芸員になろうとは一度も思わなかったですね。自分が進むべき道がうすぼんやり見えてきたのは、3年生になって今井良朗先生のゼミに入ってからでした。
先生のもとで表象文化論をベースに作品や作家を読み解く面白さを知り、「マンガを対象にしたい」と恐る恐る相談したんです。当時はテレビで「BSマンガ夜話」が話題になるなど、マンガやマンガ家について語ることがにわかに盛り上がりつつあった頃でしたが、マンガを研究する芸文生はまだ珍しかった。でも、先生は「いいじゃん、面白いよね」と言ってやらせてくれました。
今考えればゼミの中で、研究と呼べるほどの研究はしていませんでしたが、調べたことをイラストエッセイふうに発表したりしました。今井先生は何をしても怒らなかったし、ほかのゼミ生も皆ほのぼのして、誰に対しても肯定的な雰囲気だったので、伸び伸び自由にやらせてくれました。卒業制作は少女マンガ誌の『りぼん』をテーマに、マンガとエッセイと論文を混ぜ合わせた、ある種の学習マンガのような本を制作しました。それでようやくこの道に足を踏み入れたという感じですね。
飽きっぽい性格ですが、マンガだけはずっと好きで。「休みの日、何してる?」と聞かれたら「マンガ読んでる」という(笑)。だから、今も仕事としてのマンガを読んで、疲れたら別のマンガを読んでいます(笑)。
「マンガに関わっていたい」ということは自分の中ではっきりしていたのですが、それが就職に結びつかず、何がしたいのか自分でもよくわかってなかったんですよね。それで今井先生に相談したところ、「マンガ家を目指しながらここで働いたら?」と、大学史史料室を紹介してくださいました。
大学史の編纂という地味な仕事は予想外に私の性に合っていて。自分が整理・編纂した史料が後世に残っていくことにロマンを感じ、楽しんで働いていました。なので、マンガ家を目指して一心不乱に投稿を繰り返し――みたいなことはほぼせず(笑)、モラトリアムな日々を過ごしていました。
でも、史料室での仕事には誇りを持っていました。アーカイブについて学べる機会がたくさんあったし、辞める気もなかったのですが、たまたま京都国際マンガミュージアムが研究員を募集していることを知りました。史料室でやっているようなことを、マンガでできたら夢のようだな、と思ったんですよね。ダメもとで卒業制作の本と共に応募したら面接に呼ばれて、という流れで今に至ります。

入職したのが2008年で、当館の設立からまだ2年足らず。世の中的に「マンガの展示」がさほど前例のない時代でしたから、何もかもが手探りでした。展示やイベントの数が今よりはるかに多かったので、立ち上げ当初からいた先輩たちのサブとして、振られた仕事をとにかく回していました。
入職当時から長く携わっているのが「原画’(ダッシュ)」です。マンガ家の竹宮惠子先生と京都精華大学が2001年に始めたマンガの原画を守る活動で、貴重な原画を複製して、痛みやすい原画の代わりに国内外の展示で活用しています。今までに27人のマンガ家に参加していただき、約800点の複製原画を制作しました。

原画ダッシュのおかげでいろんな作家さんに出会えて、それをきっかけに『かわいい!少女マンガ・ファッションブック』(立東舎)という書籍を編纂することもできました。
やっぱり『りぼん』のふろく展(LOVE♥りぼん♥FUROKU 250万乙女集合!りぼんのふろく展)ですね。『りぼん』を中心に少女マンガ誌のふろくの歴史を紹介する展示で、私の卒業制作が企画のベースになっています。

展示のためにふろくを組み立てるって夢のような作業だと張り切っていたのですが、自分はとても不器用で、子どもの頃は母にすべて組み立ててもらっていたことを思い出して……。だから、組み立て作業では全然役に立てず、しかも1000点ほどのふろくを紹介する予定が最終的には約2000点に増えてしまい、「いくら何でも多過ぎる!」とみんなからブーブー言われたことを覚えています(笑)。自分では組み立てられないくせに、どんどん数を増やそうとするんだから、そりゃ怒られますよね。
もう1つ企画展を挙げるなら「江戸からたどる大マンガ史展〜鳥羽絵・ポンチ・漫画〜」です。当館で所蔵している江戸時代の戯画や明治時代のマンガ雑誌と共に、マンガ史を振り返る展示でした。
それらの資料を集めたのは、マンガ・諷刺画史研究家の清水勲さんという方で、この展示の監修者も務めていただきました。研究におけるアウトプットの速さや執筆に対する姿勢など、学ぶところが多く、2021年にお亡くなりになられましたが、今でも清水さんの背中を追いながら仕事をしているところはあります。ちなみに、この展示は後に毎日新聞が「GIGA・MANGA 江戸戯画から近代漫画へ」というタイトルでリメイクし、全国巡回されました。

当館では2024年に『マンガって何? マンガでわかるマンガの疑問』というマンガの入門書を刊行したのですが、本の冒頭のマンガの歴史に関する部分も、この展示がもとになっています。
当館には海外のお客様が多くいらっしゃるので、そこでよくいただく質問をベースに、2010年に研究スタッフ総出で常設展をつくったんです。『マンガって何? マンガでわかる マンガの疑問』はその展示を補足するための書籍で、英語版を最初から想定して始まったプロジェクトでした。
私が企画担当になったとき、マンガ研究の入門書になるよう、なるべく難しい内容にならないようにしたいと思いました。当館所蔵の資料をたくさん掲載してヴィジュアルブックとしても楽しめるようにし、「ねこ学芸員」と「ねこ博士」というオリジナルキャラクターが登場する学習マンガにしたので、年代を問わず手に取っていただける本にできたと思います。



今はマンガ研究が活況で、論文もたくさん発表されていますが、マンガ研究が盛んになる一方で、アカデミックな世界ゆえ一般の読者にとっては以前より少し近寄りがたい存在になったようにも思います。
だからこそ、マンガ研究と一般の読者をつなぐ架け橋のような存在が今こそ必要なのかなと感じていて、私はそこを居場所として活動できたらと思っています。こうした書籍や自分が企画した展覧会を振り返ってみても、私は研究にどっぷり浸かるというより、そうした豊富な研究の蓄積を一般の人にどうやって面白く見せるかを考える方が得意ですから。
以前そんなふうに、「エンターテインメント一辺倒でもなく、アカデミックな成果も加えたような企画が私のやりたいことか……」なんて考えていたら、「あれ? それって芸文が育てたい人になってない?」と気付いたんですよね(笑)。
私の場合は「アート」ではなく「マンガ」でしたけどね。だから、これから美大で学ぶ人に言えるとすれば、学生のときに「何の役に立つんだろう?」と思うようなことが、社会に出てから役に立ったり、学生時代は理解できない先生たちの言葉が、ときを経て身に染みることがあるよ、ということです。
私自身、「これが何の栄養になるんだろう?」と思いながら芸文で与えられるものを食べていたら、いつの間にかこうなっていたわけで。無駄なことなんてないんですよね。

目下取り組んでいるのは、今年(2026年)4月に開催するエッセイマンガをテーマにした企画会の準備です。エッセイマンガはSNSの発達で作品数が増加したジャンルの1つで、マンガ家のあり方やマンガの表現方法、読者との関わり合い方などを大きく変えました。
少しずつ研究は出てきていても、それだけに注目してまとまった展示や本は、今までないんですよね。また、何となく世間では、ストーリーマンガと比べてエッセイマンガは一段低く見られているように思えて、そこに一石を投じたいと思いました。

画像提供:京都国際マンガミュージアム
私自身、この数年、文章ですがエッセイを書かせてもらう機会が増えてきて。それで感じたのは、自分の身を削って書くことはすごく勇気がいるし、それを面白く見せることがどれだけ難しいかということでした。自分がエッセイを書くことで、エッセイマンガへのリスペクトがより芽生えました。
当事者だからこそわかりあえる感情ってありますよね。例えば、私は子どもがまだ赤ちゃんで寝られない日が続いたとき、同じような境遇のエッセイマンガを読んで励まされました。また、昨今のエッセイマンガは、描かれていないことがないんじゃないかというほど、題材が幅広いので、困ったことやわからないことがあったとき、その答えのヒントをくれる作品がすごく多いです。そうやって人々を助けてきたジャンルですから、「エッセイマンガってカッコいい」「もっとこの良さを世間に伝えたい!」と思ったのが企画を立ち上げた大きな動機です。
もちろん、エッセイマンガに限らず、マンガって私たち読者を元気づけたり支えてくれたりするものですから、みなさんにももっと読んでほしいです。ついこの間も子どもに言っちゃいましたから。「YouTubeばかり見てないで、もっとマンガを読みなさい!」って(笑)。

倉持佳代子
KURAMOCHI Kayoko
芸術文化学科
京都国際マンガミュージアム
学芸員
1983年埼玉県生まれ。2004年武蔵野美術大学芸術文化学科卒業。2008年から京都国際マンガミュージアムで展示やイベントを企画し、新聞や雑誌で執筆活動も行う。担当した主な企画展に「バレエ・マンガ〜永遠なる美しさ〜展」(2013年)、「江戸からたどる大マンガ史展〜鳥羽絵・ポンチ・漫画〜」(2015年)、「LOVE♥りぼん♥FUROKU 250万乙女集合!りぼんのふろく展」(2016年)など。2024年に同館が発行した『マンガって何? マンガでわかる マンガの疑問』(青幻舎)では執筆、マンガ原作、編集を担当。






















