重要なのはとにかく外に出て、
いろんな人と会うこと。
小川希
OGAWA Nozomu
Art Center Ongoing代表

僕の兄が絵描きなので、日本でアーティストとして生きていくことの難しさは身近に感じていました。だから「アーティストと世の中をつなげる」ことに、割と早い段階から興味がありました。
90年代初頭はネット以前で、コンピュータ自体がまだ新しかった時代です。最初はある大学の情報系の学部に入ったけれど技術的なことしか教えてもらえなくて。もっと芸術寄りというか、情報化社会とつながるようなアートを勉強したくてムサビの映像学科に入り直しました。
ただ、いざ入ってみると当時の先生たちは思いの外、現代アートのことを知らなかった(笑)。今と違って学科間の交流もほとんどなくて、現代アートの本を読み漁り独学で勉強していました。

その後、東京大学に芸術系の大学院ができると知って進学しましたが、そこでも現代アートを教えてくれる人はいなくて……(笑)。結局、自分でやるしかないと “DIY精神” を発動させて、自主ゼミから始め、「Ongoing」というプロジェクトを立ち上げました。
座学だけやっていても意味がないし、友達同士でグループ展をやっても内輪の人しか来なければ意味はない。もっと開かれたかたちで同世代のアーティストがつながり、それを社会とつなげる場をつくりたかったんです。そうしない限り、「アーティスト=社会不適合者」みたいなイメージは変わらないだろうと。

時代的に英国でYBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)が台頭し、ダミアン・ハーストのようにアーティスト自身がセルフプロデュースしながら社会に仕掛けていく動きが注目されていました。一方、日本は貸しギャラリーが全盛で、アルバイトでお金を貯めて銀座で展示をすることが普通だった。それがすごく不毛だなと感じていました。
企業主催の公募展もあったけれど、賞を獲っても次につながるわけではない。コマーシャルギャラリーが若い作家をフィーチャーし始めるのは、もう少し後のことですから。いわゆるロスト・ジェネレーションの時代で、自分たちで状況をつくるしかなかったんです。
兄は一時期ベルギーで絵を描いていたので、そこを拠点として、高校生の頃からバックパッカーでヨーロッパを回っていて、ムサビ時代もアルバイトでお金を貯めては渡航していました。そこでさまざまな「アートセンター」に出会って、「アートを中心に街の人が集まる。この文化って豊かだな」と感じていたんです。
ただ、今思えばあれは “コミセン”。行政が運営している文化施設だったんですよね。それなのに当時の僕は何を勘違いしたか、「日本にないなら自分でやろう」と1人で始めてしまった(笑)。大学院の博士課程を単位取得退学した後、アルバイトをしながら物件を探し、2008年1月にArt Center Ongoingをオープンしました。

今年(2026年)で18年目になりますが、アートセンターだけでは運営費をまかなえないので、外部の企画のキュレーションやディレクションをしながら何とか回しています。最初は半年くらいで潰れそうになったんです。ひと月ごとに展示を替えていたので、オープニングのある最初の週と最終週以外はほとんど人が来ない(笑)。そこで、友達のアーティストの助言もあって会期を2週間に変えてみたらギリギリ回り始めて、それからは毎年、年間25本くらい企画展をやり続けています。

作家は途切れないですね。「この作家、面白いですよ」と作家が作家を紹介してくれるし、最近は学生限定の公募展「未来進行形」を始めたので、ムサビ生もそうですが面白い学生がたくさん来てくれています。

大きなきっかけは、2021年に1年間、文化庁の新進芸術家海外研修制度でオーストリアのウィーンに滞在したことです。目的はインディペンデントなアートスペースの調査でした。コロナ禍だったので、感染者数が減って外出できるときにいろんなところを回ってインタビューしていると、小さなスペースでも行政からの助成金で運営していることがわかって。オープニングとアポイントメントがあるときだけ開けて、それ以外は基本閉めているような「オフスペース」と呼ばれる場所でも、年間数百万の助成金が下りるんです。
それを聞いて、最初は正直「Ongoingのほうがよっぽど頑張っている」と思いました。以前、東南アジアのアートスペースをリサーチしたことがあって。助成金なしでコレクティブをつくり、DIYで何とか活動を維持している彼らの方が自分に近いとシンパシーを感じていましたから。
でも、ヨーロッパでよくよく話を聞くうちに考え方が変わった。「この状況は自分たちがつくったわけじゃない。前の世代が100年、200年かけて戦い続けて、自分たちの世代に残してくれたんだ」とみんなが言うわけです。それに感動したんですよね。そういう視点は持っていなかったなと。
Ongoingはどうにかこうにか続けてこられたけれど、次の世代に引き継いでいくための土壌を意識的につくらなければ何も残らない。そう思うようになって、「未来進行形」や「Art Center NEW」を始めたんです。

NEWでは、僕はほとんどキュレーションに関わっていません。もちろん、こうした場所を続けていくために水面下でいろいろ動いているし、若いスタッフが考えた企画を実現させるためのアドバイスはします。でも、展示企画も、ZINEショップも、オリジナルグッズも基本的にはすべてお任せです。そうやって実践の経験値を積んでもらい、僕はいつの間にかいなくなる。それが最近の理想なんです。「小川さんって人、最初にいたよね?」くらいでいい(笑)。

ヨーロッパから帰国後、「例外アートスペース」というwebサイトも立ち上げました。Ongoingのようなインディペンデントでオルタナティブな活動をしているスペースをGoogle Mapと連動させて可視化する試みです。大きな美術館やコマーシャルギャラリーとは異なる “例外” が続いていくための土壌づくりの一環だと思っています。こういう姿勢や態度を次の世代に示せれば、次の世代の人も「自分たちだけ良ければいい」とはならないだろうと期待もしています。

「文化社会論」ではひたすら自分のことを話してもらっています。アートに限らず、マンガでも音楽でもK-POPでもいい。自分が興味のあることを調べてきて、その良さをみんなに共有してもらうんです。
最終課題は「社会にアートが必要だと仮定して、なぜ必要かを証明してください」。僕自身、証明できないんですけどね(笑)。でも、みんなそれぞれの視点で話してくれる。学年も学科もバラバラな学生たちが、半年間の授業が終わる頃には全員知り合いになり、授業外でも関係をつくっている様子を見るのは楽しいですね。
そうですね。縮こまったムラ意識は学生のうちからどんどん壊していったほうがいい。今の美大生は課題にいつも追われているけれど、そんなのは超適当でいいから(笑)。とにかく外に出て、いろんな人に会う。それがすごく重要だと思います。
最近、若い世代がDIY精神を受け継いでいると感じる場面が増えてきました。OngoingやNEWに来ているインターンやスタッフが「自分たち世代も何かやらなきゃ」と動いている姿を見ると、素直にうれしいしカッコいいなと思います。「こういうときはこの人に聞いたらいいよ」と、自分が持っている関係性も全部あげちゃいますね。

小川希
OGAWA Nozomu
映像学科
Art Center Ongoing代表
1976年東京都生まれ。2001年武蔵野美術大学映像学科卒業。2006年東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。2008年1月に東京・吉祥寺に芸術複合施設Art Center Ongoingを設立。2025年6月に横浜にArt Center NEWを設立。数多くのアートプロジェクトのディレクションやキュレーションを手がけ、東南アジアやヨーロッパのオルタナティブ・スペースのリサーチも行う。芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。






















