4年間は短い。
表現のための基礎を
しっかり培ってほしい。
澤寛
SAWA Kan
アーティスト
映画監督
衣裳デザイナー

大学3年次に、小池一子さん(現 本学名誉教授)の紹介で、スタイリストの北村道子さんの手伝いに行かせていただく機会を得ました。そこが、衣裳の入り口です。
視覚的に惹かれるものはあったかと思いますが、それほど強い興味はありませんでした。映画もほとんど観たことがありませんでしたし、そもそもムサビに入ったのも、一般大学へ進学し、企業へ就職をして、仕事を続けていく、といった当時一般的な人生設計を考えることが自分には無理だと悟ったことがきっかけです。

始まりは、北村道子さんの仕事の現場へ同行させてもらったことです。広告、ファッション、演劇の現場を経験させていただく機会を得て、その経験をもとに衣裳の仕事を得るようになりました。
衣裳の仕事は、デザイン・設計、テキスタイル、制作、手配、スタイリング・コーディネート、衣裳構成、加工、衣裳管理、フィッティング(着せ付け)、着慣らし、といった作業があります。当初はアシスタントのような立場で制作から加工、着せ付けまでを行いながら、撮影現場に同行していました。とはいうものの、それも1、2カ月の出来事で、その後すぐに自分の仕事を得るようになりました。
当初はデザイン、コーディネートだけでなく、撮影現場まで自分で担当していたので、デザイナーとしてだけではなく、ハリウッドのシステムでいうワードローブ・スーパーバイザーのような立ち回りを心がけ、徹底して衣裳に手をかけていました。その姿勢が、次の仕事につながっていったように思います。
予算などを含めて、衣裳に関する責任の一切を引き受ける立場と言ったらいいでしょうか。さらに、デザインのコンセプトを持って監督や助監督、衣裳制作スタッフ、また俳優ともコミュニケーションを取りながら、衣裳をつくり上げていく。どのシーンにどの衣裳が適切なのか。デザイナーだけでなく、監督や俳優の要望や相談にも応じながら衣裳構成を組み、脚本と演出の目的とスケジュールの制約を照らし合わせながら、エイジング・ダイイング作業を含めて、理想の状態を整えます。
例えば、衣裳デザインを担当した三池崇史さんの『十三人の刺客』や大友啓史さんの『るろうに剣心』では、着物の原型をもとにしつつ、すべての着物に独自の素材・デザインを開発し、衣裳制作のスタッフとオリジナルの衣裳を制作していきました。その衣裳を現場衣裳のスタッフと共に徹底したエイジングを行い撮影に臨む。そして、撮影現場で泥、埃、血糊、傷をつけながら、衣裳を壊していくことで衣裳を完成させていく。
予算もスケジュールも人の配置もすべて私がコントロールしています。前例のないやり方でしたから、理解が得られないことも多々ありましたが、どうにか説得して、自分のやり方を貫きました。そのような困難な環境の中で、独自のシステムを構築した経験が、私の衣裳の哲学の土台になっていったのだと思います。


映画『るろうに剣心』(監督:大友啓史)シリーズでは衣裳デザイン、キャラクターデザインを担当
©和月伸宏/集英社 ©2020 映画「るろうに剣心 最終章 The Beginning」製作委員会
©和月伸宏/集英社 ©2014 映画「るろうに剣心 伝説の最期」製作委員会
映画や演劇における衣裳デザインは、「その映画・演劇のそのシーン・その場面、そのキャラクターのためだけの衣服イメージ」をつくり上げる仕事です。脚本に描かれていない人物像までを捉えて、浮かび上がるキャラクターのイメージをかたちにしていく。衣服から靴、持ち物まで、人物に関わるすべての設計を行います。
キャラクターデザインにしても、デザインする領域をヘアメイク、特殊メイク、小道具・持道具へと広げ、監督や俳優と共に、その映画のためだけのキャラクターをつくり上げ、映画内にあるキャラクターの人生を描き出していく。


映画『るろうに剣心 最終章 The Beginning』のためのアイデアスケッチ。シーン別で必要な持ち物や、髪の毛、肌の色についても入念に検討を重ねる
さらに、デザイナーと言うからには、独自性、デザイン性も強く必要です。自分にしか思い描くことができない世界観を、独自のアイデアを興して創作していくことが求められます。このあたりは、何も知識のなかった私ですが、ムサビでアイデアを開くための学びを得ていたのだと思います。
映画や演劇は、脚本、監督と共に、各専門部署と多くのスタッフの相互作用によってつくり上げるものです。各部門の設計者は、監督や演出家と共にシネマトグラフィやステージをつくり上げていくスペシャリストと言えますから、衣裳やキャラクターデザインにおいてもその意識は欠かすことはできません。

これまで、衣裳デザイナーとしてだけでなく、ファッションブランドやアパレルメーカーとの協働、フォトグラファーやディレクターとしてなど、さまざまな立場で多くの仕事に関わってきました。映画や演劇、ファッション、広告の片隅から世界を見続けてきて、自分のやるべきこと、私が社会に対してやれることは、もっとほかにあるのではないか、という思いが強くなりました。
そこでそれまでの衣裳関連の仕事に一区切りをつけて、身近にあった写真・映像・映画というメディアを表現媒体に、まずは、壮絶な人生を歩んだ女性をモデルにした写真作品、自分自身の個人史を描いたエッセイと写真によるインスタレーション作品を発表して、いくつか映画の脚本を書き上げました。それが、実際の映画の製作へとつながっていきます。
私はずっと「家族とは何か」を考えてきたんですね。自分自身の生い立ちや家族の存在が、自らの感性をかたちづくる上で大きな影響をもたらしていたはずで、そこに自分自身を知るヒントがあるはずだ、と。その答えを探すために、マンガ家の土田世紀先生の『かぞく』を原作に、自身の生い立ちや経験を織り交ぜ、現代における家族が抱えてきた問題を描き出そうと考えました。
その映画も、すべての撮影を終えられないままパンデミックに入ってしまうなどの困難もありましたが、自分がどのような人々へ向けた芸術表現を行おうとしているのか、それを理解する上でとても意味のある作品だったと思います。

©土田世紀/日本文芸社, Aniplex Inc.
衣裳のキャリアを始めた当初、「あなたは映画監督になるのよね!」と北村道子さんに言われたことがありました。「衣裳を通して監督になるのよ」と。当時は訳もわからず「はい!」と応えていましたが、衣裳デザインの仕事をしながら、どこかでは、自分の手で映画をつくることを考えていたのだと思います。そして、それが、自分をアカデミアの世界に進ませ、アーティストとしての自分を築く大きな転換点になりました。
学生時代は自分が生涯をかけて続けていきたいことを探し、出会い、それを続けていくための胆力を築いていく時間だと思います。学部の4年間は短いですから。さまざまなメディアに触れ、自分の表現、自分にしかできない表現を打ち出していくための基礎をしっかり培ってください。

澤寛
SAWA Kan
空間演出デザイン学科
アーティスト
映画監督
衣裳デザイナー
澤寛/澤田石和寛/1984年生まれ。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科在学中から衣裳デザイナーとして活動開始。関わった主な作品は、映画『るろうに剣心』シリーズ、KDDI TVCM 「au三太郎」シリーズなど多数。映画『十三人の刺客』、『パンク侍、斬られて候』はアジアンフィルムアワード ベストコスチュームデザイナーにノミネートされた。2023年には監督・脚本を担当した映画『かぞく』を公開。米国映画芸術科学アカデミー(AMPAS)会員。武蔵野美術大学中退の後、東京藝術大学美術研究科先端芸術表現専攻修士課程修了、現在後期博士課程在籍。令和7年度TAAP支援アーティスト。






















