切手を通して素晴らしい
日本の文化を紹介する。
貝淵純子
KAIFUCHI Junko
日本郵便株式会社 切手デザイナー

私たち切手デザイナーは、日本郵便の切手・葉書室に所属する社内デザイナーです。郵便切手は郵便局で通年販売されコンビニなどでも手に入る「普通切手」のほか「特殊切手」があります。
特殊切手には、大阪・関西万博のような国民的な行事などに合わせて発行する「記念切手」をはじめ、切手趣味週間やふみの日にちなんで毎年発行している切手や年賀切手、春夏秋冬を題材にしたり招待状などに貼ることを想定した「グリーティング切手」などが含まれ、年間30件ほど発行されています。
普通切手はめったに意匠変更されませんから、私たちが日々担当しているのは特殊切手のデザイン。ほかにも切手を身近に楽しんでもらえるようにトークショーに登壇することもありますし、若いデザイナーが率先して、切手制作の背景を紹介する「切手タイムズ」を日本郵便のホームページで連載したりしています。

「どんな切手を発行するか」という発行計画は発行年の2年ほど前から動いていて、特に記念切手は各省庁からあがってくる国の記念事項を社内で検討し、外部の有識者の意見を伺いながら題材を決定します。
発行計画が決まったら、次は担当デザイナーの選出。最近は立候補で決まることが多いですね。担当になったデザイナーは切手の事務面を担当する切手プランナーと一緒に、打ち合せや取材を重ねながらコンセプトや表現の方向性を固めていきます。イラストにするのか写真にするのかといったイメージを膨らませ、必要であれば専門家に監修を依頼します。
制作から発行までは1年くらいかかりますが、デザインにかけられる時間は長くて3カ月くらい。私が原画を担当する場合は原寸の600%ほどの大きさで描き、デザイン案を複数つくって最終案を絞り込みます。各方面の確認が終わったら印刷に進み、校了という最終段階までデザイナーが責任を持って見届けます。

ちなみに、特殊切手の印刷は6色が基本なんですよ。
一般的な印刷はCMYK(シアン・マゼンタ・イエロー・ブラック)の4色ですが、6色をかけ合わせることで微妙な色が再現できるのと、偽造防止のためでもあるんです。切手シートの余白にはインキの色と刷った順番を示す「カラーマーク」が入っているので、見てみたら意外な発見があるかもしれません。

まっさきに思い浮かぶのは「全国47都道府県の花」ですね。都道府県ごとの花の切手を3年ほどかけて10集までデザインして、最後に47都道府県の花を1枚のシートに集めて発行しました。
実は、私の後に入社したデザイナーのために準備していた企画だったのですが、その思惑が外れてしまい(苦笑)。彼女が80円切手、私が50円切手を担当しました。でも、花を描いているときは楽しいし、描き上げた達成感もありましたね。
原画は色鉛筆で描きました。切手は「図案考証」といって、デザインに誤りがないか専門家に監修や助言を仰ぐのですが、この仕事で小石川植物園の先生に細かくチェックしていただいたことも「間違いがあってはならない」という意識を新たにする有意義な時間でした。

最近の仕事で思い出深いのは、「ライフ・花」というグリーティング切手のシリーズで「竹久夢二の花図案」を担当できたこと。夢二は美人画だけでなく素敵な花図案も多く手がけています。切手を手に取ってくださる方はもちろん、記念館や美術館の関係者のみなさんにも喜んでいただけるように作品を検討しました。
細長い形状は、千代紙や絵封筒にあしらわれていた縦長の図版の魅力を損なわないように、切手として許される限界まで細長くデザインした結果なんです。自分の中でずっと温めていた企画でしたし、「切手を通して日本の素晴らしい文化や自然を紹介する」という切手デザイナーとしての役割を果たせた仕事かなと思っています。


2022年2月発行の「ライフ・花(竹久夢二の花図案)」。竹久夢二が手がけた花や植物の図案を生かして、一部は縦長の切手にデザインしている
あれは「大変だった」という意味で思い入れが強いですね(笑)。2014年に発行が始まった普通切手で、管理職になって間もない頃に担当しました。たくさんの絵が必要なのに作画に充てられる時間は短い。しかも私生活も慌ただしいタイミングで心が折れそうで……。
動物や植物は予備校でもムサビでもたくさん描いてきたモチーフですから、何とか気合いを入れて完成させましたが、本音を言えばもっと時間をかけて描きたかった(笑)。2024年の郵便料金改定のときに後任のデザイナーへバトンタッチしましたが、今も販売している2円の「エゾユキウサギ」、5円の「ニホンザル」、100円の「サクラソウ」などは当時の私が描いたものです。

こうした普通切手を見ていただくだけでもわかるように、切手の表情はデザイナーによってまったく変わります。それぞれの経験や得意なことを生かせるのが、この仕事の面白いところなんですよね。
切手はその国の文化が色濃く反映されるもので、デザインを通して知らなかった世界に触れることもできれば、過去の切手から、その時代、時代のデザインやデザイナーの思いを感じることもできる。私は間もなく定年を迎えますが、そんな切手をデザインする仕事に携わることができて、本当にありがたい気持ちでいっぱいなんです。

日本画家になるという気持ちでいたので、ムサビの日本画学科を卒業しても就職はしませんでした。教員免許は取っていたので美術教師という選択肢もありましたが、やっぱり絵を描いていたくて。フリーランスのイラストレーターをしながら、飲食店で接客業をしたり、幼児教室の先生をしていたこともあります。
それであるとき、技芸官(郵政省時代の切手デザイナーの職名)をしていた日本画学科の同級生が「切手やはがきのデザインをしてみない?」と声をかけてくれて。委嘱者という外部のデザイナーとして、年賀切手や季節の絵入りはがきを担当しました。
その生活が10年ほど続き、切手デザイナーの募集が久しぶりに出るということで採用試験を受けたところ合格して。とうとう定年まで勤め上げてしまいました(笑)。

高校1年生のとき、美術の先生から「東京藝大を受験してみたら?」と言われたことですね。私の家族には美術系の人はいなかったし、美術の世界に進むなんて思っていませんでしたが、その気になってしまって。
ただ、サラリーマン家庭で国立大学しか許されず、藝大一本で何度も受験に失敗し、4浪目のときに私大の受験を許してもらってムサビに進学しました。でも実は、藝大が諦めきれずに長い間仮面浪人をしていて……(笑)。
だから、人生はどう転ぶかわからないですよね。ムサビに入ったからこそこの仕事ができているわけだし、私の息子もムサビの建築学科を卒業したんです。息子が入学したとき、久しぶりにムサビに行ってみたら、校舎は新しくなっているし施設もしっかりしていて。もっと有意義に使うべきだったなと反省しました(笑)。
仕事をしていても、ムサビを卒業された大先輩にお会いすることがよくあるんです。昨年は、刺繍作家として活躍されている方にご協力いただいたのですが、工芸工業デザイン学科を出られた大先輩の女性で、とても素敵な方でした。先輩後輩というだけで親近感が生まれて、とてもいい仕事ができました。
夢がすでに見つかっている人はそこに向かって行けばいいし、やりたいことがわからない人も、何がきっかけで入り口が見えてくるかわかりません。私も高校の美術の先生のひと言で「そんな道があるの?」と気付いたわけだし、遠回りはしたけれど切手デザイナーとしての今がある。だから計画通りに進まなくても絶望することはないと覚えておいてほしいです。
若いときは若いときになりに大変なこと、つらいことがありますよね。でも楽しいことも必ずある。だから強く生きてほしいです。

貝淵純子
KAIFUCHI Junko
日本画学科
日本郵便株式会社 切手デザイナー
1960年東京都生まれ。1987年武蔵野美術大学日本画学科卒業。フリーランスのイラストレーターなどを経て2005年に日本郵政公社(当時)へ入社、切手デザイナーとなる。近年は「普通切手・通常葉書(2014年)」「自然の風景シリーズ」「ライフ・花(竹久夢二の花図案)」「郵便創業150年切手帳」「伝建制度創設50周年」などを担当。手がけた切手は900種以上に上る。日本郵便株式会社 郵便・物流事業統括部 切手・葉書室 指導役(2025年度末をもって退職)。






















