見つめつづける。
聞きつづける。
感じつづける。
学びつづける。
問いつづける。
迷いつづける。
試しつづける。
挑みつづける。
伝えつづける。
つくりつづける。
美はつづく。
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のめり込むからこそ
とんでもないものがつくれる。

かっぴー

Kappy

マンガ家

学生時代はどんなムサビ生でしたか?

周りから見ると、めちゃくちゃ “意識高い系” の学生だったと思います(笑)。そもそも僕が美大を受験をしたのは、「広告代理店のクリエイティブディレクターになる」という目標のためでした。

ただ、一浪して視デ(視覚伝達デザイン学科)に入ると、僕よりうまい人はたくさんいるし、Photoshopとかも使いこなせなくて。王道のグラフィックデザインでは負けてしまいそうだから、グループワークやチームビルディングで勝負をしようと、他学科の活動に参加し始めたんです。『左ききのエレン』で描いたように、映像学科の先輩の卒業制作を手伝ったり。2年生のときには『PARTNER』という美大生のためのフリーマガジンを立ち上げて、初代編集長を務めました。

初代編集長を務めた美大生のためのフリーペーパー『PARTNER』第1号。2007年にスタートし、現在はwebメディアとして継続している

「エレン」では登場人物たちの “ムサビ時代” のエピソードがよく描かれています。かっぴーさんの原体験が反映されているわけですね。

大学からもっとはみ出したことをしたくなり、音大生と合同展覧会を企画して。横浜の旧第一銀行横浜支店(現在のBankPark YOKOHAMA)を借りて、音大生がつくった音楽をもとに美大生が作品をつくり、美大生の作品をもとに音大生が音楽をつくる展示も行いました。

一般大の学生と学生団体をつくってイベントも立ち上げました。「クリエイティブディレクター」と書いた名刺を配っていましたね(笑)。だから周りの同級生からは「何を目指しているの?」という目で見られていたし、まだ真面目だった1年生の頃にかわいがってくれた先生からは「君にはがっかりした」と言われてしまって(苦笑)

活発に活動はしていたけれど……。

今冷静に振り返ると、筋トレしたり技術を磨く前に、戦略ばかり研究していたって感じですかね。社会から求められる人材になりたくて一生懸命だったけれど、結局、自分には不向きなことをしていた。やっぱり僕は純粋に作家気質だったんです。

マンガ家のキャリアはどのようにスタートされたのですか?

ムサビを卒業して、東急エージェンシーという広告代理店のデザイナーとして6年間くらい働いていました。その後、デザインよりもプランニングをやりたくなってネット企業のカヤックに転職したら、日報を全社員にメールする文化があったんです。

それで、せっかくみんなに送るなら自分の色を出そうと、Facebookのあるあるをネタにマンガを描き始めら「webで公開してみれば?」と先輩から勧められて。

初めは「個人が特定されて嫌がらせされるかも……」と怖がっていましたが、入社して1年後、忘れもしないシルバーウィークの最終日にnoteで公開したんです。

何かきっかけが?

カヤックは本業以外に「ブログで有名人」みたいな人がたくさんいたので、僕もプライベートで何かつくりたくて。連休中にものづくりをしようと思っていたのに、何もしないまま最終日になってしまった。でも、日報ならスキャンしたデータがあるぞと思って「出してみるか」と(笑)

すると、その夜にバズって翌日には取材の依頼が来ていました。それがデビュー作の「フェイスブックポリス』す。

Facebookのあるあるネタをモチーフにした「フェイスブックポリス」。続編の「SNSポリス」は単行本化、アニメ化もされた©かっぴー
Facebookのあるあるネタをモチーフにした「フェイスブックポリス」。続編の「SNSポリス」は単行本化、アニメ化もされた
©かっぴー

それからは早かったですね。次の月には「エレン」の読み切りを描いて、それがcakesというメディアの賞をいただいて連載が決まり。年末にはPRマンガの広告案件を受けていたし、ほかの媒体からも連載の依頼がどんどん来ました。

しばらくは働きながら「エレン」を連載していましたが、本業がおろそかになってしまい、翌年の2月にマンガに専念しようと独立したんです。あの数カ月は人生の中で一番密度がありましたね。

2016年にスタートした『左ききのエレン』は現在もnoteで連載されている(第6話より)©かっぴー
2016年にスタートした『左ききのエレン』は現在もnoteで連載されている(第6話より)
©かっぴー

かっぴーさんが設立した会社は「なつやすみ」という社名で、「忙しく、遊ぶ」という社訓もユニークです。

僕は夏休みの自由研究が “最強” だと思っています。自由研究みたいに興味を持ったことにのめり込むからこそ、とんでもないものがつくれる。そのためには本気でやらないといけなくて、「忙しく働く」ことと「楽しく遊ぶ」という相反する両方が大事なんですよね。

やっぱり本当に良いものは、描きたくてしょうがない、楽しくてしょうがないから生まれてくるもの。誰かから「やれ」と言われても絶対できないじゃないですか。鬼上司が背後にいて「もっと描き込め!」と言われても、ね(笑)

「エレン」はリメイク版がつくられ、ドラマや舞台、2026年春にはTVアニメ化もされました。現在も連載を続けられていますが、10年にわたる執筆で何か変化はありますか?

時代に即しているわけじゃないけれど、家族ができて子どもが生まれたり、自分自身40歳を過ぎましたから、心境の変化みたいなものはアップデートしながら描いています。やっぱり徹夜はきつくなってきたから、最新話付近だと「いいものをつくるためにはちゃんと寝る」という話題を入れたり(笑)

2026年4月からテレビ東京系列で放送されたTVアニメ「左ききのエレン」©︎かっぴー/アニメ「左ききのエレン」製作委員会
2026年4月からテレビ東京系列で放送されたTVアニメ「左ききのエレン」
©︎かっぴー/アニメ「左ききのエレン」製作委員会

「エレン」は今、第3部まで進んでいて、読み始める入り口によって印象がまったく変わるマンガだと思うんです。かつて読んでくれていた人にとっては、「働いて死ね」みたいな仕事仕事しているマンガのイメージがあるかもしれないけれど、本当に命を懸けないといいものはつくれないのか、クリエイターは幸せになっちゃいけないのか――そうした逡巡を経ての今なんですよね。

だから、もっと多くの人に読んでほしいと思っています。美大受験の話から始まって、いろんなライフステージの、いろんな立場の人が出てきますから。

第3部の『左ききのエレンDOPE』第101話より©かっぴー
第3部の『左ききのエレンDOPE』第101話より
©かっぴー

最後に、美大を目指していたり興味を持っている高校生にメッセージをいただけますか。

ほかの美大はわからないけど、ムサビって「そもそも」を考えさせるじゃないですか。「そもそも自分は何に興味があるのか?」「そもそも自分は世界をどう見ているのか?」をとことん突き詰めるところで、その中でヴィジュアルコミュニケーションに特化したのが視デだったと思います。

だから、本質に立ち返る癖は今も残っていて。僕が受験生のときは「美大は技術を教えてくれない」とか「手に職をつけるなら専門学校に行ったほうがいい」と言っている人がいたけれど、今まさに時代が求めていることがムサビの学び、美大の学びだと思うんですよね。だって小手先でつくるだけなら、人間はもうAIに敵わなくなるわけだから。

だからムサビの時間は無駄じゃなかった。生まれ変わったとしても、もう一度ムサビを選びますね。受験の実技試験が本当に難しかったので、あれだけは勘弁してほしいですけど(笑)

テクノロジーによる相互監視社会を舞台にした『大人大戦』(作画・都築真佐秋)では原作を手がけている。「少年ジャンプ+」で配信中
テクノロジーによる相互監視社会を舞台にした『大人大戦』(作画・都築真佐秋)では原作を手がけている。「少年ジャンプ+」で配信中
かっぴー

かっぴー

Kappy

視覚伝達デザイン学科

マンガ家

1985年神奈川生まれ。2009年武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。東急エージェンシーのクリエイティブ職を経て面白法人カヤックへ転職。在職中にwebで公開した「フェイスブックポリス」が大きな反響を呼び、2016年に株式会社なつやすみを設立し、マンガ家として独立。現在も連載が続く『左ききのエレン』はリメイク版をはじめドラマ、舞台、テレビアニメ化もされた。「少年ジャンプ+」で配信中の『大人大戦』などマンガ原作も担当。

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